私は何を見せてこられただろう
子育てを始めてから、私は何を子どもたちに見せてこられただろう。
そう考えると、正直すぐには答えが出ませんでした。
口下手な私は、伝え方を学び、本を読み、言葉を選び、必死に向き合ってきました。
それでも、子どもの態度や言葉に感情を揺さぶられ、言い合いになってしまう日もたくさんありました。
「ちゃんとした母」でいようとするほど、空回りしていた気もします。
だからこそ、今は思います。
私が子どもに見せたいのは、完璧な母の姿ではない。
挑戦する姿。
やると決めたことを続ける姿。
そして、それを楽しもうとする姿。
結果がうまくいかなくても、続けた先には必ず何かが残ること。
挑戦は“失敗”ではなく、“経験”になること。
そして、自分の力で価値を生み出し、収入を得る仕組みはつくれるのだと。
言葉でうまく伝えられなくてもいい。
背中で伝えられる母でいたい。
私は、そう思うようになりました。
子どものひと言が教えてくれたこと
ある日、子どもに言われました。
「ママって、毎日おうちで何してるの?」
悪気はなかったと思います。
でも、その一言が心に刺さりました。
私は、毎日家族のために動いている。
大量の洗濯物も、ご飯も、送り迎えも、話を聞くことも。
でもそれは、子どもから見れば“当たり前”の景色。
私自身も、「私は何をしているんだろう」と思っていた頃でした。
その時、気づいたんです。
子どもは、私の“言葉”よりも、私の“生き方”を見ているのかもしれない、と。
「頑張りなさい」と言うよりも、
頑張ってる姿を見せた方が伝わる。
「挑戦しなさい」と言うよりも、
挑戦している姿の方が、ずっと説得力がある。
私は、教えるよりも“見せたい”のだと思いました。
挑戦することが怖かった
でも、本当のことを言えば。
挑戦するのは、怖いです。
うまくいかなかったらどうしよう。
「やっぱり無理だったね」と思われたらどうしよう。
子どもにがっかりされたらどうしよう。
変わることは、勇気がいります。
今のままでいれば、誰かに笑われることもない。
でも、
私は気づいていました。
止まっている母の背中を、子どもはちゃんと見ていることに。
本当は挑戦したいのに、「どうせ無理」と言い訳をしている姿も。
失敗することよりも、挑戦しないまま時間が過ぎていくことの方が、私は怖かった。
だから私は、完璧でなくてもいいから、止まらない方を選ぼうと思いました。
私が選んだのは「挑戦する母」
だから私は、決めました。
完璧な母でいようとするのは、やめます。
失敗しない母になるのも、やめます。
その代わりに、挑戦する母でいます。
うまくいかない日もある。
思うように進まない日もある。
子どもとぶつかる日だってある。
それでも、「やってみたい」と思った自分を無視しない。
小さくても、一歩踏み出す。
子どもに見せたいのは、成功の形ではなく、挑戦している途中の姿です。
続けることの重み。
迷いながら前に進む姿。
失敗しても立ち上がる姿。
私は、それを背中で伝えられる母でいたい。
一緒に、止まらない母でいましょう
私は、まだ途中です。
迷う日もあるし、思うように進めない日もあります。
それでも、止まらないと決めました。
挑戦する姿を。
続ける姿を。
楽しもうとする姿を。
子どもに、そして自分自身に見せていきたい。
もし今、
「私も何か変わりたい」と思っているなら。
完璧じゃなくていい。
一歩が小さくてもいい。
一緒に、止まらない母でいましょう。
あなたの今日の5分も、きっと未来に繋がっています。
「何から始めたの?」と思った方へ。
私がやったことを、正直に書いています。
続けられたのは、やる気があったからではありません。
私が作った“仕組み”はこちらにまとめています。
専業主婦だった私が、なぜ“止まらない母”を選んだのか。
もし「ほしい」と思う方がいれば、
私が冷蔵庫に貼っていた“習慣シート”も公開しようと思っています。
私は、まだ完成していません。
でも、止まらないと決めました。
それでは、また!
anne

